東京高等裁判所 平成4年(行ケ)159号 判決 1994年1月18日
アメリカ合衆国
10504 ニューヨーク州 アーモンク
原告
インターナショナル ビジネスマシーンズ コーポレーション
同代表者
マーシャル シー フェルプスジュニア
同訴訟代理人弁護士
田倉整
同弁理士
頓宮孝一
同弁理士
岡田次生
同訴訟復代理人弁理士
市位嘉宏
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
麻生渡
同指定代理人
飛鳥井春雄
同
奥村寿一
同
吉野日出夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
「特許庁が平成2年審判第17726号事件について平成4年3月19日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
2 被告
主文1、2項と同旨の判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1978年11月3日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して昭和54年10月12日に特許出願をし、これを原出願として、昭和57年4月14日、名称を「基板接点の形成方法」(後に「半導体装置中に凹所を形成する方法」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許法44条1項の規定による特許出願(昭和57年特許願第61182号)をしたが、平成2年6月13日、拒絶査定を受けたので、同年10月5日、審判を請求し、平成2年審判第17726号事件として審理されたが、平成4年3月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(出訴期間として90日を附加)があり、その謄本は、同年4月27日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
半導体装置中にフォト・リソグラフィ技術を用いて、実質的に水平な底面及び実質的に垂直な側壁を有する凹所を目標寸法よりも大きな幅で形成し、前記凹所の幅が実質的に前記目標寸法となるように、前記凹所の形にそって層を堆積し、優先的に前記底面の堆積層を実質的に除去するための異方性食刻を行うことを含む、半導体装置中に目標寸法の幅を持つ凹所を形成する方法(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 一方、昭和53年特許出願公開第24277号公報(以下「引用例」という。)には、「一導電型の半導体基板の一主表面に選択的に逆導電型領域を形成する工程と、該逆導電型領域の上に一導電型の多結晶シリコン層と第1絶縁膜を順次に形成する工程と、該第1絶縁膜と該多結晶シリコン層とを順次に、該多結晶シリコン層の側面が前記一主表面に対して垂直になるように、選択的に除去し、前記逆導電型領域上の一部を露出させる工程と、該露出せる領域と前記多結晶シリコン層の側面を第2絶縁膜で被覆する工程と、熱処理をして前記多結晶シリコン層を拡散源として一導電型領域を形成する工程と、前記一主表面に対して垂直にイオンビームを照射し、前記逆導電型領域に被覆される第2絶縁膜の一部を除去して逆導電型領域のコンタクト部を形成する工程と、前記第1絶縁膜を除去する工程と前記多結晶シリコン層の上表面部及び前記コンタクト部にそれぞれ電極層を設ける工程とを含むことを特徴とする半導体装置の製造方法」(1頁右下欄4行ないし2頁左上欄3行)が記載され、更に、多結晶シリコン層の側面が主表面に垂直になるように選択的に除去する際、「写真食刻法によりエミッタ電極用パターン以外を開孔した後レジストをマスクとして基板に垂直方向から平行にイオンエッチングを行い、露出した部分の窒化膜及び多結晶シリコン層を除去する」(3頁右下欄11行ないし15行)ことが記載されている(別紙図面2参照)。
(3) そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、引用例記載の発明において、多結晶シリコン層の側面が主表面に垂直になるように選択的に除去する際、フォト・リソグラフィ技術を用いていること、及び、形成される凹所が「目標寸法よりも大きな幅で形成」され、更に、当該側面が第2絶縁膜で被覆する際「前記凹所の幅が実質的に前記目標寸法となる」ことは明らかであるから、両者は、「半導体装置中にフォト・リソグラフィ技術を用いて、実質的に水平な底面及び実質的に垂直な側壁を有する凹所を目標寸法よりも大きな幅で形成し、前記凹所の幅が実質的に前記目標寸法となるように、前記凹所の形にそって層を形成し、優先的に前記底面の堆積層を実質的に除去するための異方性食刻を行うことを含む、半導体装置中に目標寸法の幅を持つ凹所を形成する方法」である点で共通している一方、本願発明が、層の形成を「堆積」により行うことを構成要件としているのに対し、引用例にはこの構成要件が明記されていない点で、両者は一応相違する。
しかしながら、層を堆積により形成すること自体は、半導体装置製造の技術分野における慣用技術であり、引用例記載の発明において、第2絶縁膜の形成手段自体を熱酸化のみに限定されるべき理由はないから、引用例記載の発明において、第2絶縁膜形成手段として、堆積を採用することは、当業者が適宜なし得ることにすぎない。
(4) したがって、本願発明は、引用例に記載された技術及び慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由
審決の本願発明の要旨、引用例の記載事項、本願発明と引用例記載の発明との相違点の認定は認めるが、審決は、本願発明と引用例記載の発明との一致点の認定を誤るとともに相違点に対する判断を誤り、もって本願発明の進歩性を否定したもので、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1-一致点認定の誤り
審決は、引用例記載の発明において、多結晶シリコン層の側面が主表面に垂直になるように選択的に除去する際、フォト・リソグラフィ技術を用いること、及び形成される凹所が「目標寸法よりも大きな幅で形成」され、更に多結晶シリコン層の側面が第2絶縁膜で被覆する際「前記凹所の幅が実質的に前記目標寸法となる」ことは明らかであるとして、本願発明と引用例記載の発明とは審決摘示の点で一致する旨認定しているが、これは誤りである。
本願発明においては、半導体装置中の凹所の幅を、フォト・リソグラフィ技術の限界を超え、サブミクロンの単位で制御することを技術的課題とし、もって、フォト・リソグラフィ技術を用いて凹所を目標寸法より大きな幅で形成した後、層を堆積して目標寸法の幅の凹所を形成する構成を採用したものである。
一方、引用例記載の発明は、凹所を挟む位置にある多結晶シリコン層13の底部に作られる一導電型不純物領域(N型エミッタ領域11)の位置及び大きさ並びに該領域11と逆導電型不純物領域(P型エミッタ領域9)の間隔を制御することを技術的課題とするものであり、凹所の幅自体の制御や凹所に対応する位置に形成される逆導電型不純物領域(P型エミッタ領域9)の大きさの制御を技術的課題とするものではない。
引用例記載の発明の第2絶縁膜は、一導電型不純物領域と逆導電型不純物領域の間隔を与えるためのものであり、凹所の幅の制御のためではない。
隣合う多結晶シリコン層13の間の凹所の幅は、第2絶縁膜によりたまたま狭まったものであり、その寸法を「目標」として形成されたものではなく、フォト・リソグラフィ技術で形成したもともとの凹所の寸法も「目標」寸法より大きく形成されたものではない。
したがって、審決の前記一致点の認定は誤りである。
(2) 取消事由2-相違点に対する判断の誤り
審決は、本願発明と引用例記載の発明との相違点に対する判断において、層を堆積により形成すること自体は半導体装置製造の技術分野における慣用技術であり、引用例記載の発明において、第2絶縁膜の形成手段自体を熱酸化のみに限定されるべき理由はないとして、引用例記載の発明において、第2絶縁膜形成手段として、堆積を採用することは当業者が適宜なし得ることにすぎないと判断している。
層を堆積により形成することが半導体装置製造の技術分野における慣用技術であることは認めるが、審決の前記判断は、引用例記載の発明と本願発明との技術的課題の差異を看過し、また、引用例記載の発明においては層を熱酸化により形成することが必然であることを看過したことによるものであり、誤りである。
<1> 半導体装置中に層を形成するについて堆積によるのと熱酸化によるのとではその精度において大きな違いがある。
別紙参考図1は、堆積による層形成を模式的に示したものであるが、堆積によれば、新しく形成される層は、外部から供給された原料が堆積前の凹所の側壁の上に積もり重なってできるので、形成された層の厚さの分だけ確実に凹所の幅が狭まる。層の堆積速度を一定に保つと、堆積層の厚さは堆積時間で簡単に決まるので、サブミクロンの単位で厚さが制御される。したがって、凹所がフォト・リソグラフィ技術で作られ、幅Wがミクロン単位でしか決まらないとしても、堆積する層の厚さをザブミクロンの単位で制御することにより、狭められた凹所の幅W’は、サブミクロンの単位で精度よく定められる。
別紙参考図2は、熱酸化による層形成を模式的に示したものである。熱酸化は、ベースとなるシリコン自体が酸化されて、新たな層として酸化シリコン層が形成される現象である。シリコンが酸化シリコンに変わる際には体積が膨張し、熱酸化前の凹所の側壁の位置より内側に食い込んで形成される。その食い込んだ幅が明確ではないので、熱酸化により形成された層による凹所の幅は明確とはならないものである。したがって、熱酸化で作られる酸化物層の厚さ自体をサブミクロンの単位で制御できたとしても、そのうち凹所の幅の減少に寄与する部分が不明であるので、凹所の幅をサブミクロンの単位で制御することは困難である。
前記(1)のとおり、本願発明の技術的課題は、半導体装置中の凹所の幅を、フォト・リソグラフィ技術の限界を超え、サブミクロンの単位で制御することにあり、その技術的課題を解決するためには、層の形成は堆積によることが必要である。
一方、引用例記載の発明の技術的課題は前記(1)のとおりであり、本願発明のような半導体装置中の凹所の幅をサブミクロンの単位で制御するという技術的課題はないのであるから、層を堆積により形成することが慣用の技術であっても、引用例記載の発明において、堆積により第2絶縁膜を形成することを想到することは容易ではない。
<2> また、引用例記載の発明においては、経済的、効率的観点からみて、第2絶縁膜の形成手段は実施例に示された熱酸化に限定されるのであり、これを堆積に置換することはできない。
第1に、引用例の特許請求の範囲(3)には、「(略)該露出せる領域と前記多結晶シリコン層の側面を第2絶縁膜で被覆する工程と、熱処理をして前記多結晶シリコン層を拡散源として一導電型領域を形成する工程と、(略)を含むことを特徴とする半導体装置の製造方法」(引用例1頁右下欄4行ないし2頁左上欄3行)と記載されているが、実施例においては、前記工程は、工程(4)において、第2絶縁膜被覆工程として高温プロセスたる「熱酸化」が採用されており、絶縁膜の被覆と同時に多結晶シリコン層13から不純物を拡散させることによって、工程数を一つ減らす効果をもたらしている(3頁右下欄17行ないし4頁左上欄13行)。
第2に、引用例の特許請求の範囲(3)に記載の前記工程は、第2絶縁膜で被覆する工程に先行して多結晶シリコン層13の上面が既に第1絶縁膜6で被覆されていることから、残りの絶縁膜で被覆されていない部分に的を絞って効率的に第2絶縁膜による被覆を行おうとするものである。そして、まだ被覆されていないシリコン層の表面のみを絶縁膜で被覆できる技術は熱酸化に代表される酸化に限られる。堆積技術を用いるなら、第1絶縁層の上に更に無用の絶縁層を作ることになり不経済であり、そうであるからこそ、引用例記載の発明の実施例では熱酸化が選ばれたのである。
このように、引用例記載の発明の実施例においては経済的、効率的効果を考えて第2絶縁膜の形成手段として熱酸化を採用しているものであるから、引用例記載の発明における層の形成手段は熱酸化に限定されるものであり、当業者が、引用例記載の発明の第2絶縁膜形成手段として堆積を用いることは不合理といわざるをえない。
以上のとおり、審決の相違点に対する判断は誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認める。
2 同4は争う。審決の認定、判断に誤りはなく、審決に原告主張の違法はない。
(1) 取消事由1について
物の製造に当たり、各部の寸法を設計通りに加工しようと試みることは、当然のことであるから、最終製品の各部の形状は、すべて「目標」寸法を目指した結果である。
本願発明の最終の凹所の幅が「目標」寸法であることは当然であるが、引用例記載の発明においても、最終の凹所の幅は当然「目標」寸法であるということができる。
そして、多結晶シリコン層間の幅が第2絶縁膜の被覆によって狭まることは原告の認めるところであるから、引用例記載の発明においても、凹所は、当初「目標」寸法より大きな幅で形成され、更に当該側面を第2絶縁膜で被覆する際「凹所は幅が実質的に前記目標寸法となるように、前記凹所の幅にそって層を形成する」ものであることは明らかである。
したがって、審決の一致点の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2について
<1> 原告は、熱酸化では形成される酸化シリコン層のうち熱酸化前の凹所の側壁にくい込む割合が不明であることを挙げ、熱酸化では精度よく凹所の幅を制御することができない旨主張する。
しかし、別紙参考図3のとおり、シリコンを熱酸化して形成された酸化シリコン層は、その厚さDのうち、0.45Dがシリコン内に埋設して成長し、0.55Dが表面より突出して成長するものであることは、当該技術分野において周知のことであり(乙第1号証)、当初Wであった凹所の幅は、酸化シリコン層の成長により1.1Dだけ狭められるものである。
そして、成長させた酸化シリコン層は所望の膜厚に調整できることは、引用例に「この成長させる酸化膜5の厚さは熱処理中の雰囲気により所望の膜厚に調整できる」(4頁左上欄3行ないし5行)と記載されているとおりである。
したがって、凹所に形成する絶縁膜を熱酸化によって成長させることにより最終の凹所の幅を所望のものに制御することはできるものである。
そして、このことは、本願の原出願である昭和54年特許願第130919号の願書に最初に添付した明細書及び図面(乙第2号証の昭和55年特許出願公開第62733号公報はその公開公報である。)には、凹所に形成する絶縁膜を熱酸化により成長させた例が第3の実施例として示されており(公報4頁右下欄18行ないし5頁右上欄5行及び第3A図ないし第3D図)、第3の実施例においても「サブミクロンメータのライン幅を有する所望の拡散、イオン注入又は電気接点処理のステップの準備ができている」(公報5頁右上欄3行ないし5行)と記載されていることからも明らかである。
したがって、堆積と熱酸化には凹所の幅の制御性について原告の主張するような差異は存在しないものである。
そして、原告は、引用例記載の発明は、本願発明のように凹所をサブミクロンの単位で制御するという技術的課題を有していないとして、引用例記載の発明において第2絶縁膜の形成手段として堆積を採用することを想到することは容易ではない旨主張する。
しかし、引用例記載の発明において、フォト・リソグラフィ技術による凹所の形成の後、第2絶縁膜の形成によって、最終の凹所の幅が当初の幅よりも狭くでき、しかも、その幅が制御できるということは、フォト・リソグラフィ技術による直接的加工よりも、引用例記載の発明の方がより微細な凹所を精度よく加工できることを明確に示しているものであるから、本願発明の技術的課題は引用例より容易に見出せるものである。
<2> また、原告は、経済的、効率的観点から、引用例記載の発明においては、第2絶縁膜の形成手段は熱酸化に限定される旨主張する。
引用例記載の発明の実施例においては、原告の主張するように、第2絶縁膜を熱酸化によって形成しているが、これは、熱酸化を採用することによって、第2絶縁膜の形成と多結晶シリコン層からの不純物拡散とを同時に行い、工程の省略化を図ったからにすぎず、工程の省略化という効果を求めなければ、熱酸化を採用する必要はない。このことは、引用例の特許請求の範囲(3)においては、第2絶縁膜の形成と多結晶シリコンからの不純物拡散が互いに別工程として記載されていることからも明らかである。熱酸化は好ましい実施例の例示にすぎず、引用例記載の発明において第2絶縁膜の形成手段が熱酸化に限定されるものではない。
第4 証拠関係
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
また、引用例に審決認定の記載事項があること、本願発明と引用例記載の発明との間に審決認定の相違点があること及び層を堆積により形成することが半導体装置製造の技術分野における慣用技術であることは、当事者間に争いがない。
第2 そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。
1 本願発明について
成立に争いのない甲第2号証の1(特許願並びに明細書及び図面等)、第2号証の2(平成2年11月5日付手続補正書)及び第2号証の3(平成4年1月21日付手続補正書)によれば、本願明細書には本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果として次のとおり記載されていることを認めることができる。
(1) 本願発明は、高密度で非常に小さい集積半導体装置を形成する方法、特にシリコン基体にサブミクロンの大きさの狭い領域を形成することに関する。
マイクロプロセス及びミニコンピュータの適用が進むにつれて、集積回路ではより複雑で、より速いスイッチング速度及びより小さな装置への要求が高まってきている。これに応える半導体プロセスの主要技術はリソグラフィ技術であり、フォト・リソグラフィの欠陥レベルの減少によって、現在では、約5ないし10ミクロンから3ないし5ミクロンまでライン幅を段階的に減少できるようになった。
現在までリソグラフィプロセスでは専ら光線が用いられてきたが、光学的な分解能の制限により更に利点を得ることはより困難になっている(明細書1頁末行ないし2頁19行)。
本願発明は、少ないコストでフォト・リソグラフィ技術を超える高い精度で幅寸法が制御された凹所を半導体装置中に形成することを技術的課題(目的)とする(平成4年1月21日付手続補正書2頁10行ないし13行)。
(2) 本願発明は、前項の技術的課題を解決するために、その要旨とする構成(特許請求の範囲記載)を採用した(同手続補正書別紙)。
(3) 本願発明の方法で形成された凹所を有する半導体装置は種々の目的に用いられる。溝又は凹所が形成され、垂直な狭い絶縁層が溝又は凹所の垂直な壁に形成される場合、化学気相付着により多結晶シリコンで凹所を満たし溝又は凹所の底で基板との電気接点を作る(同手続補正書3頁1行ないし4行、明細書6頁19行ないし7頁2行)。
2 引用例記載の発明について
成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例は名称を「半導体装置およびその製造方法」(1頁左下欄2行)とする発明に係るものであるが、特許請求の範囲(3)には、審決認定の半導体装置の製造方法の記載があり、発明の詳細な説明に、
<1>「本発明は半導体装置、特に微細寸法を有する該装置の構造およびその製造方法に関するものである。近来、半導体装置における特性は益々高い周波数帯のものが必要となっている。従って、該装置の各不純物領域および各電極層の形状や間隔は、精密かつ微細に形成されなければならない。このため、各不純物領域および各電極層の形成になるべく自己整合法を用いれば、各PR工程におけるマスク目合わせおよび加工による所望する寸法からのずれの問題が無くなり、有利となる。又、各電極層間の間隔を半導体基板表面に対して縦の方向に求めれば、各不純物領域の間隔を小に設計出来るので高周波特性の良いものとなる。」(2頁左上欄9行ないし右上欄3行)、
<2>「本願の目的は、各電極層間の間隔を半導体基板表面に対して縦の方向に求め、自己整合法を可能とする微細構造であって、多結晶シリコン層の形状形成を容易とし、該形状形成の際に必然的に生ずる諸条件の違いが直接に素子の特性に影響を及ぼさない有効な半導体装置およびその製造方法を提供することである。
本願の他の目的は、不純物領域と他の不純物領域におけるコンタクト部との間隔をさらに狭くししたがって、より高い周波数帯に適する有効な半導体装置およびその製造方法を提供することである。」(2頁左下欄14行ないし右下欄5行)、
<3>「第2図は本発明の一実施例の断面図である。これによれば、N型多結晶シリコン層は、基板表面に対して垂直形状となっているから、(略)該層の底部の形状並びに該層の上表面との相対関係はパターニングされた窒化膜の形状から一義的に定まるものとなり、エミッタ領域11は一定の形状となり、該領域11とベースコンタクト部もしくはP型ベースコンタクト領域9は酸化膜5の横方向の厚さから特定された値となる。又、さらに高い周波数の素子を必要とされる場合にも、酸化膜5の横方向の厚さを薄くすれば、不純物領域は浅いものであり従って、横方向の拡散はわずかなものであって、制御できるものであるから、例えば前記間隔を0.1μm以下にすることも可能となる。」(3頁右上欄16行ないし左下欄12行)、
<4>「工程(4): 次に酸化性雰囲気中で熱処理を行うと露出した活性ベース領域7及び多結晶シリコン層13の側壁に酸化膜5が形成されるが、このとき同時に多結晶シリコン層13から砒素が拡散し、エミッタ領域11が形成される(第3C図)。
この成長させる酸化膜5の厚さは熱処理雰囲気により所望の膜厚に調整できるので、拡散温度と時間はエミッタ拡散層の形成に必要な条件に合わせる。例えば、スチーム雰囲気1000℃、10分間で行えば酸化膜5は0.2μmの厚さとなり、同時にN型エミッタ領域11は0.1μmの深さに形成される。」(3頁右下欄17行ないし4頁左上欄10行)と記載されていることを認めることができる。
3 取消事由1について
原告は、引用例記載の発明は多結晶シリコン間の凹所の幅を制御することを技術的課題とするものではなく、その凹所の幅は結果的に狭まったものにすぎない等として、審決の本願発明と引用例記載の発明との一致点認定の誤りを主張する。
前記2で認定した引用例の各記載からすると、引用例記載の発明は、半導体装置における各不純物領域及び各電極層の形状、間隔を精密かつ微細に形成する必要があるとの知見の基に、多結晶シリコン層の形状形成を容易なものとし、それから定められる半導体装置のP型ベースコンタクト領域9とN型エミッタ領域11の位置及び間隔を制御することを技術的課題としていることが認められ、隣合う第2絶縁膜とベース電極層15が形成する凹所の幅を制御することを直接の技術的課題としたものではない。
しかし、引用例記載の発明においては、特許請求の範囲(3)のとおり、第1絶縁膜と多結晶シリコン層とを該多結晶シリコン層の側面が一導電型の半導体基板の一主表面に対して垂直になるように選択的に除去する工程(第3図Bに示されるように広めの幅の凹所が形成される。)及び多結晶シリコン層の側面を第2絶縁膜で被覆する工程(第3図Cに示されるように第2絶縁膜で幅の狭められた凹所が形成される。)が含まれるのであるが、第2絶縁膜による被覆前の多結晶シリコン層間の幅、形成する第2絶縁膜の厚み及びそれらにより必然的に定まる第2絶縁膜間の幅の数値を予め設計上確定することなくその各工程を行うことは技術常識上到底考えられないことであり(それは、引用例に記載された技術的課題に全く反することになる。)、引用例記載の発明において、それらの数値は当然定められるものである。
本願発明において、凹所の幅の「目標寸法」というのは、本願発明の技術内容に照らし、単に最終的に形成されるべき凹所の幅の設計上の数値をいうにすぎないものであることは明らかである。
前掲甲第3号証によれば、引用例記載の発明においても、前記2<4>認定の工程(4)に先立ち、「工程(2): 写真蝕刻法を用い酸化膜3にベース拡散用の窓をあけて硼素を気相拡散した後、所望の深さ及び表面濃度にするために低温熱酸化とエッチングを数回繰り返してP型活性ベース領域7を形成後、窒素と水素との混合ガスをキャリアーガスとしてモノシランと砒素とからなる混合ガスを700℃で熱分解し、砒素を高濃度に含有する多結晶シリコン層13を前記工程終了後の基板上に析出させ、更に通常の気相成長法により多結晶シリコン層13の上に窒化膜6を形成する(第3A図)。工程(3): 次に写真蝕刻法によりエミッタ電極用パターン以外を開孔した後レジストをマスクとして基板に垂直方向から平行にイオンエッチングを行い、露出した部分の窒化膜及び多結晶シリコン層を除去する。(第3B図)」(3頁左下欄19行ないし右下欄16行)の工程が示されており、このP型活性ベース領域7及び多結晶シリコン層13又はそれに被覆された第2絶縁膜により形成される凹所に着目すれば、先ず、P型活性ベース領域7及び多結晶シリコン層13による凹所が形成され、次いで第2絶縁膜の被覆によりその凹所の幅が設計上定められた数値の幅まで狭められるものであるから、これは、本願発明でいう「実質的に水平な底面及び実質的に垂直な側壁を有する凹所を目標寸法よりも大きな幅で形成し、」、「前記凹所の幅が実質的に前記目標寸法となるように前記凹所の形に沿って層を形成」することと同じ技術内容のものであると認めることができる。
したがって、審決の一致点の認定に誤りはない。
4 取消事由2について
(1) まず、原告は、本願発明は半導体装置の凹所の幅をサブミクロンの単位で制御することを技術的課題とするものであるところ、引用例記載の発明の実施例における熱酸化では半導体装置の凹所の幅をサブミクロンの単位で制御することはできず、引用例記載の発明においてはそのような技術的課題はないので、引用例記載の発明における第2絶縁膜形成の手段として堆積を採用することを想到することは容易ではないと主張する。
層を堆積により形成することが半導体装置製造の技術分野における慣用技術であるとすると、引用例記載の発明において第2絶縁膜形成の手段として堆積を採用することに格別の困難はないと認められるが、その点はさておいても、熱酸化では半導体装置の凹所の幅をサブミクロンの単位で制御することはできない等その前提としている主張自体も、次のとおり理由がないものである。
前記2<4>で認定した引用例の記載のとおり、引用例記載の発明の実施例の熱酸化によっても、絶縁膜の厚さをサブミクロンの単位で制御することができることが示されている。
これに対し、原告は、熱酸化により層を形成する場合、その一部が凹所の側壁に食い込むため、凹所の幅の正確な制御が困難である旨主張する。
しかし、成立に争いのない乙第1号証によれば、庄野克房著「半導体技術(下)」(東京大学出版会1976年5月17日初版発行)には、「シリコン表面が酸化してゆく場合には、図4.17に示したように、体積の増加したSiO2膜が形成される。最初のシリコンウェーファスの表面に対し、形成された膜厚x。の55%がもり上がり、45%がシリコンウェーファスの中にもぐり込む.」(158頁1行ないし4行)と記載されていることが認められる。
このように、熱酸化により絶縁膜(シリコン酸化膜)を形成する場合、その凹所の側壁に食い込む割合及び側壁より盛り上がる割合が判明しているのであるから、形成される絶縁膜の厚さを制御することができれば(これが可能であることは原告も争わない。)、それにより、凹所の幅も制御することができるものである(熱酸化と堆積とで側壁上に盛り上がり、又は堆積する層の厚さ自体の制御性に差異がない以上、凹所形成上の誤差についても差異はない。)。
なお、成立に争いのない乙第2号証によれば、本願の分割前の特許出願に係る昭和55年特許出願公開第62733号公報は、名称を「シリコン基体に狭い領域を形成する方法」(1頁左下欄2、3行)とする発明に係るものであるが、発明の詳細な説明に「第3図A乃至第3図Dは、本発明の第3の実施例を示す。(略)この実施例の第1の絶縁層は、シリコン基体20上に二酸化シリコン層34及び窒化シリコン層35の順に付着された2つの層で構成される。その上に多結晶シリコン層23が付着される。二酸化シリコン・マスク24は、二酸化シリコン層24を付着し続いて標準のフォト・リソグラフィ及び食刻の技術により所望の領域に開孔25を形成して作られる。(略)第3B図の構造体は、970℃の水蒸気のような酸化雰囲気中に置かれ、第2の絶縁層として表面上に二酸化シリコン層36が熱的に成長される。多結晶シリコン層23の1部分がその熱的酸化プロセスに使われることに注意すべきだ。(略)それから二酸化シリコン層34及び窒化シリコン層35が標準の食刻又は反応性イオン食刻の技術により取り除かれる。もはや第3D図の構造体は、サブミクロンメータのライン幅の有する所望の拡散、イオン注入又は電気接点処理のステップの準備ができている。」(4頁右下欄18行ないし5頁右上欄5行)と記載されていることが認められ、熱酸化によっても半導体装置の凹所の幅をサブミクロンの単位で制御することができることが示されているが、これは前記の判断を裏付けるものである。
以上のとおり熱酸化により半導体装置の凹所の幅をサブミクロンの単位で制御することができるものであるが、引用例には、引用例記載の発明が「サブミクロンの単位」の精度をもって半導体装置を製造することを技術的課題とすることは明記されていない。
しかし、引用例記載の発明においても、「近来、半導体装置における特性は益々高い周波数帯のものが必要となっている。従って、該装置の各不純物領域及び各電極層の形状や間隔は、精密かつ微細に形成されなければならない。」(前記2<1>)との知見に基づき、「不純物領域と他の不純物領域におけるコンタクト部との間隔をさらに狭くししたがつて、より高い周波数帯に適する有効な半導体装置およびその製造方法を提供すること」(前記2<2>)を技術的課題としており、引用例記載の発明の構成によれば、「エミッタ領域11は一定の形状となり、該領域11とベースコンタクト部もしくはP型ベースコンタクト領域9は酸化膜5の横方向の厚さから特定された値となる。又、さらに高い周波数の素子を必要とされる場合にも、酸化膜5の横方向の厚さを薄くすれば、不純物領域は浅いものであり従って、横方向の拡散はわずかなものであって、制御できるものであるから、例えば前記間隔を0.1μm以下にすることも可能となる。」(前記2<3>)ものであるから、半導体装置の各不純物領域及び各電極層の形状や間隔を可能な限り高い精度で制御することを技術的課題としているのであり、サブミクロンの単位の精度で半導体装置を製造すること、したがって、また、P型活性ベース領域7及び多結晶シリコン層13又はそれに被覆された第2絶縁膜によって形成される凹所の幅をサブミクロンの単位の精度で形成することを技術内容としていることは明らかである。
したがって、熱酸化ではサブミクロンの単位で制御することはできないので、引用例記載の発明は半導体装置中の凹所をサブミクロンの単位で制御することを技術的課題とはしていないことを理由に、審決の相違点に対する判断の誤りをいう原告の主張は理由がない。
(2) また、原告は、経済的、効率的観点から、引用例記載の発明においては、第2絶縁膜の形成手段は実施例の熱酸化に限定され、これを堆積に置換することはできないと主張する。
原告は、先ず、引用例記載の発明においては、多結晶シリコン層13の絶縁膜の被覆とそれからの不純物の拡散とを同時に行わせるため、熱酸化を採用したものであることを挙げる。
確かに、引用例の前記2<4>の記載のとおり、引用例の発明の詳細な説明には、工程(4)として、熱酸化により、第2絶縁膜の被覆と多結晶シリコン層からの不純物の拡散を同時に行うこととして、工程を省略することが記載されている。
しかし、その省略された工程は、引用例記載の発明の実施例にすぎないものであり、引用例の特許請求の範囲(3)においては、「該露出せる領域と前記多結晶シリコン層の側面を第2絶縁膜で被覆する工程」と「熱処理をして前記多結晶シリコン層を拡散源として一導電型領域を形成する工程」とは別工程として記載されているものである。
このように、引用例記載の発明の特許請求の範囲(3)においては、第2絶縁膜の形成と不純物の拡散は別工程として規定されているものであり、実施例の省略した工程は引用例記載の発明における必須の工程ではない。
この実施例は、単に第2絶縁膜形成の手段として熱酸化を採用した場合、工程の省略が可能となるということを示しているものにすぎず、そのような効率化は、引用例記載の発明における層の形成の手段として、慣用技術である熱酸化と堆積のいずれを採用するかを選択するにあたり考慮される一つの要素にすぎないものであり、これを理由に、引用例記載の発明において、第2絶縁膜の形成の手段が熱酸化に限定されているということはできない。
また、原告は、引用例記載の発明においては、第2絶縁膜の形成に先行して多結晶シリコン層13の上面が既に第1絶縁膜6で被覆されていることから、残りの絶縁膜で被覆されていない部分に的を絞って効率的に第2絶縁膜による被覆を行うために、熱酸化を採用したものであり、堆積によれば第1絶縁膜の上に更に無用の絶縁膜を作ることになり不経済であることを挙げる。
しかし、この点も、引用例記載の発明における層の形成の手段として、慣用技術である熱酸化と堆積のいずれを採用するかを選択するにあたり考慮される一つの要素にすぎないものである。
そして、その点の効率、経済性が絶対的なものでないことは、次のとおり、本願発明の実施例においても、第1絶縁膜上に第2絶縁膜を形成したのち、第2絶縁膜を取り除くこととしていることからも明らかである。
即ち、前掲甲第2号証の1及び3によれば、本願明細書には、本願発明の実施例について、「第1A乃至第1F図は、本発明の実施例を示す。(略)エピタキシヤルN-層64が、この基板の上面に成長させる。(略)熱的に成長した二酸化シリコン層65のようなマスクが、エピタキシヤル層64の表面に形成され、適当なフォト・リソグラフィ及び食刻の技術によりマスク開孔が形成される。(略)それから絶縁層が構造体の全表面に例えば化学気相付着技術を用いることにより堆積され、実質的水平面と実質的垂直面の両方に層70を形成する。層70の反応性イオン食刻により水平な層が実質的に取り除かれ、第1C図に示されているように垂直な面に狭い領域を提供する。」(明細書7頁16行ないし9頁10行、平成2年11月5日付手続補正書3頁末行、平成4年1月21日付手続補正書3頁6行、7行)と記載されており、二酸化シリコン層65の上にも絶縁層70の水平な層がいったん形成され、その後の工程で絶縁層70の水平な層が取り除かれるようになっていることを認めることができるのである。
したがって、引用例記載の発明において第2絶縁膜の形成を堆積の方法で行うこととし、第1絶縁膜の上に堆積により第2の絶縁膜がいったん形成されることとなっても、特に不合理ということはできず、それをもって、引用例記載の発明の第2絶縁膜の形成の手段として堆積を採用することを困難ならしめる根拠とすることはできない。
(3) 以上のことからすると、引用例記載の発明において、第2絶縁膜の形成の手段は熱酸化には限定されず、慣用技術である堆積によることを困難とする事情は存在しないから、その手段として堆積を採用することは当業者が適宜なし得ることというべきである。
したがって、審決が相違点に対して示した判断に誤りはない。
4 以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。
第3 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を定めることについて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項の規定を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)
別紙図面1
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別紙図面2
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別紙参考図1
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別紙参考図2
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別紙参考図3
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